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 2008年3月26日 サヴィニー便り Chisa BIZE

ヴィニュロンの素顔  フランソワ・ミクルスキー

おじさんのところでタシュロン(任される畑の面積に応じて給料が支払われる従業員)として働き始め 、 92 年に念願の初ヴィンテージをリリース。当時ワインに染まり始めた若き乙女が横浜の酒屋のおじさまから「ムルソーに若きスターが登場したんだ」と教えられ、飲んだワインがそれ、ミクルスキーであったことは、カナダの画家リオペルの絵をあしらったラベルであったことも手伝い、鮮明にその味わいと共に脳裏に残っています。

それから数年後、サヴィニーに住むようになり、ドメーヌに数多くやってくるヴィニュロン仲間の中にフランソワ・ミクルスキーを発見したときは何故か他のムルソーのトップスターたちとの出会いよりも感激的であったのはなぜなのかしら。相性とでもいうのでしょうか。そしてまだサヴィニーに来たばかりで何も知らない私を、奥様のマリー・ピエールが「うちにいらっしゃい。ジャンボンペルシエを一緒に作りましょ」と気さくに誘ってくれて、もう大感激(この作り方はバックナンバーのどこかにびそうのマダムがレポートしています)。ミクルスキーのアリゴテをたっぷり使ってつくるジャンボンペルシエは本当に美味しそうでした。なぜ「美味しそうでした」なのかというと、作ってから数日重石をして置くと味わいが落ち着くということで、すぐには食べることが出来なかったのです。

そんな若きスター、ミクルスキーも 40 代後半にさしかかり、ベテランの域に入ってきました。パトリックと一緒に彼のワインを久しぶりにテイスティングに行きましたが、「ずいぶん髪が白くなったなあー。」と第一声。パトリックはフランソワをからかいます。「ずいぶんと蔵が大きくなったなあ。白は儲かっていいよな。何せ同じ畑面積でも収量が赤より断然多いし、設備もシンプルでいいし。」とパトリック節が続きます。「確かに。赤だったら、俺はワインを造ってなかったと思うよ。」とフランソワ。今後の蔵改造計画をききながらご自慢のアリゴテ 06 をまずテイスティング。いつ飲んでもここのアリゴテは美味しいです。それから、 AC ブルゴーニュ、ムルソー、シャルム…とテイスティングは続き、フランソワとパトリックはあーだ、こーだとワイン談義。私が新しいミクルスキーのラベルを貼ったボトルを手に取るとパトリックが「なんだ!チョークでボトル名を記したテイスティングボトルのようじゃないか!」と最初はびっくり。「でも、なかなかシンプルでいいと思うよ。」と最後は優しい言葉で締めくくってくれました。フランソワの優しい目が更にきらきらした瞬間でした。

新しいラベルデザインのミクルスキー。若いころにありがちな力みがとれ、ムルソーらしさ、ミクルスキーらしさ、の真髄が輝きます。

 

 2008年3月25日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記

ブルゴ-ニュ自然派ワイン試飲会2008

今年も 自然派の試飲会 ブルゴーニュ(クルゾー 71) で行われます。ワイン好きの方、もれなくお越しください!! どなたでも入場いただけます。

VIGNE A CROQUER 2008
日時:2008年3月29日(土)10:00〜19:00
場所:ブルゴーニュ、Le CREUSOT(71) , CHATEAU DE LA VERRERIE
入場料:8ユーロ

出展:
ステファン・アラダム(モンタニィ)
シプリアン・アルロー (モレ・サン・ドニ)
ジャン・クロード・ベルティヨ(マイイ)
パブロ・シュヴロ(マランジュ)
クロ・サロモン(ジブリー)
アリス&オリビエ ドゥ・モール(シャブリ)
エマニュエル・ジブロ(ボーヌ)
ジャン・イヴ・ドゥヴヴェイ(ドゥミニィ)
アモリ・ドゥヴィヤール(メルキュレイ)
ジュリアン・ギュイヨ(クルジユ)
クレール&ファビオ  ガゾー モントラジ (フュイッセ)
イザベル&アラン・アザール(サン・セルナン・デュ・プラン)
アレクサンドル・ジュヴォー(ウチジィ))
マルセル・ラピエール(モルゴン)
フランソワ ランプ(ジヴリー)
オリヴィエ メルラン(ラ・ロッシュ・ヴィヌーズ)
ジャン・ピエール ミッシェル (クレッセ)
ファニィ サブル(ポマール)・・・

 

Paques 2008

今日は、復活祭の祝日です。イースターの祝日にマランジュでは毎年ワイン祭りを行っていますが、今年は淡い雪の降る祝祭になりました。毎年活躍するのが庭に隠されたイースターエッグのチョコレートを探すアンジェロ。(フランスでは、新しい生命復活の象徴である卵に色をつけてお供えをしたり、庭に隠れている卵型のチョコレートを子供達が見つけてお祝いをしたりします。)“何で卵なの〜?”のアンジェロの質問に、このヴァカンスに我が家に泊まりに来ていたスコットランド系イギリス人のリンダが答えます。“イエス・キリストが崩御された時に、埋葬した後、キリストの復活を願いながら、石を転がしてお墓にしたのよ。その石が卵に例えられているの。”リンダは子供の頃の大親友の父親が神父だったこともあって、この様な話には強いのです。しかしながら、フランスではどういうことになっているのでしょう?今度、機会があれば調べてみたいと思います!

 

 2008年3月21日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記

第9回グランジュール・ド・ブルゴーニュ2008は、先週末の15日に無事幕を下ろしました。ドメーヌ・シュヴロが出展していたサロン(Des Maranges au Montrachet en passant par Santenay et Saint Aubin/マランジュ、サントネイ、サン・トーバン経由モンラッシェの試飲会 ≫の会場であるサントネイのシャトー・アルディでは人がすれ違えないほどの入場で大盛況の内に終わりました。

今週末はマランジュの3つの村(サンピニイ、シェイイ&ドゥジーズ・マランジュ)のワイン祭りです。ご家族、ご友人、皆様お誘いあわせの上どうぞ。マランジュのワインを堪能しましょう!

Du Cote des Maranges 2008
日時:3月22,23日 10:00〜17:00
会場:ドゥジーズ・レ・マランジュ村の各会場


ワイン王国の2008年3月号でドメーヌ・シュヴロが紹介されました。

 

 

 2008年3月20日  LOLOと本日のお客様 カーヴ・マドレーヌ

LOLOと本日のお客様

 とってもご無沙汰していたブルゴーニュ生活。毎年恒例、日本でのバカンスを終え営業を再開したカーヴマドレーヌも順調にすべりだし、やっと投稿する時間ができた。この店ができてから今年で17年目、ロロの両親が最初に始めたレストラン「 Brelinette 」から数えると、なんと30年目。記念すべき年だわ。そんな彼らは2004年にオープンさせた自宅の一部を改造したレストラン「 Table de Marie 」を去年の末閉め、今度こそ本格的に定年を楽しむのか・・・と思いきや、 Marie (ロロママ)はリタイアなんて考えられないと、今までレストランとして使っていたところを「ジット(B&Bキッチンつきペンションのようなもので、一週間からの長期貸し)」をはじめることに。ロロパパも結構乗り気で、部屋の改造、シャワーブースの取り付け、壁紙の張替えなどさすが元大工だけあってテキパキと工事をすすめていた。一度ターブル・ド・マリーに来てくれた方にはお分かりだと思うけど、自慢は元レストラン厨房だった広いキッチンと、冬なら暖炉つきのサロン、夏には緑いっぱいのテラス、そしてロロママのセンスが冴えている、赤を基調にしたかわいいデコレーションで飾られた寝室。オープンがとっても待ち遠しい。詳しくはHPが出来てからきちんと宣伝させていただきます。

 今回はカーヴマドレーヌのお客様にお出ししているお料理の中で、好評な一皿をご紹介。「 Tete de Veau panee 」仔牛の頭のフライ・・と言ってしまうとすごいものを想像してしまうけど、実際は仔牛の頭のゼラチン質が多い部分を野菜といっしょに煮込み、その後フライにしたもの。「 Tete de Veau a la ancienne 」という煮込みのままの家庭料理も有名だけどこちらはロロママの得意料理。ステファンはどちらかというとフライにしてヴィネガーをきかせたマヨネーズソースをつけて食べる pane の方がお得意なよう。煮込んだテット・ド・ヴォーを厚さ 2 センチ弱ぐらいに切り分けて、形が崩れないようにクレピン・ド・ポークという豚の内臓覆っている脂網で包む。その後は簡単。普通のフライのように小麦粉、卵、パン粉をつけて、バターをたっぷり敷いたフライパンで揚げる。表面がカリッとしてきたら、すこしオーブンの中でお休み。仕上げのソースはマヨネーズ、クルミのヴィネガー、ニンニクのすりおろし、パセリ、塩、胡椒で。カロリーもたっぷりだけど、ゼラチン質がとれるこの料理はお肌には最高。一度試してみては。

 

 

 

 2008年3月19日 サヴィニー便り Chisa BIZE

35時間法

 

フランスの労働時間について質問を受けたので、これを機会に皆さんにご説明しましょう。

拙著の中でも少し記しましたが、 35 時間法が導入されたのが 2002 年( 2001 年だったかしら?)。当時の社会党政権下で労働大臣であったオブリ女史が「フランス失業対策の決定版」として施行されたのでした。大企業から開始し、 2005 年からはうちのような従業員 10 人以下の中小企業まで及んできました。

導入以来数年がたちますが、この政策が失策であったことは明らかで、プライベートで世間をお騒がせしているサルコジ大統領がまず最初に取り組んだことがこの 35 時間法の改正であったこともそれを証明しています。

35 時間法とはもともとウォークシェアリング、つまり労働機会を増やすために考え出されたものです。一人当たりの労働時間が減ればそれだけの人を企業は雇用するであろう、という考えです。

確かに計算では、そうなるでしょう。ただ、実際はそうは行かない。お役人のすることは紙の上での計算であって、現状というものを把握していなかった。

ただでさえ、景気が悪く、また社会保障の会社負担が高率のフランスでは企業は喘いでいました。この法律が制定されてから大企業の国外移転が加速始めました。

そして 2005 年。大混乱の始まりです。

中小企業はそれぞれいろんな営業形態があるので一律にはいきません。一番影響を受けたのがレストラン業でしょう。多くのレストランが旅行客の少ない冬は店を 1 ヶ月以上閉店するようになりました。ボーヌの町に冬訪れてもレストランが全部しまっている、という現状に出くわします。さらに客は減ります。悪循環です。

いろいろな 35 時間法の導入の仕方があるようなので、ここではドメーヌ・ビーズに限ってご説明しましょう。

35 時間法では年間 1607 時間労働します。 35 時間で割ると約 46 週。年間 52 週ですから今までのフランス人のバカンス 5 週間にほぼ当てはまります。事務職は簡単です。ビーズの事務の女性は月・火・木は 8 時半から 12 時半、 1 時半から 5 時半まで、水曜は 8 時間から 12 時、金曜日は 8 時半から 12 時、 1 時半から 5 時でトータル 35 時間。バカンスは 5 週間です。問題は畑で働く従業員 4 人です。農業には閑期と繁期があります。なので毎週 35 時間というわけにはいきません。芽掻きの時期や収穫時期はオーバータイムになるけれど冬はかなり時間に余裕があります。そこでアニュアリザシオンといって、年間トータルで 1607 時間になればよいという考えを用います。5月から収穫が終わるまでが 35 時間を越える労働時間になり、冬季は金曜日が休みで週休 3 日の週 28 時間労働です。なるほど、ですが、実際はそんな簡単ではないのです。 35 時間を越える労働には通称 RTT といって慰労休暇が与えられます。つまり更に休みが増える!ドメーヌ・ビーズでは年間 3 週間分の RTT を従業員に与えています。実質年間労働時間は 1550 時間ほど。夏休み 3 週間、冬休み 3 週間、そのほかに 1 週間分、 11 月から 2 月は週休 3 日。いったいどうなっているの!その分働くのは経営者であるわたし?!

たっぷりある週末はいろんなつかい方をしているのでしょう。週明け病気だったり、怪我していたり、かなり病欠が増えました。病欠として認められるのは3日以上なので無理に3日休んで医者から診断書をもらってくるケースが増えました。それからこの労働形態になってから遠くに彼女を持つことが簡単になり、従業員 5 人中 3 人はそんな状態。そのうちのひとりは遠くの彼と子供が出来て退社しました。他の 2 人は現在進行中。

この小さなドメーヌでさえこうなのですから、フランス全体のモラルは低下。また医療費も削減どころかどんどん拡大していくことでしょう。

 

 

 2008年3月16日 ブルゴーニュ生活的な NEWS

Printemps de MONTHELIE  3月22日、23日、10時〜18時

モンテリー村の蔵開放イベントです。
5ユーロにてグラスを一つ買い、モンテリー村を歩きながら蔵にて試飲を行います。
http://membres.lycos.fr/monthelie/

 

 2008年3月8日 サヴィニー便り Chisa BIZE

ブルゴーニュを代表する2人の女性

 

尊敬する目標とすべき人物が身近にいることは幸せなことです。

会うたびに、エネルギーをもらい、心が清らかになる、そんな私にとってスピリチュアルな元気の素的女性がブルゴーニュには2人います。

 

ひとりはなんと言ってもパメラさん。そう、DRCの共同経営者であるドゥ・ヴィレーヌさんの奥様です。ドゥ・ヴィレーヌさんは2つのドメーヌ、村長(今年で任期満了)、コート・ドールを世界遺産に登録するための運動やブルゴーニュの環境を保全するための責任者、サン・ヴィヴァン修道院修復活動の責任者…と多方面で重要なポジションにあり、その日常は非常に多忙で、分刻みのスケジュール。上に立つものとしてみんなから敬意を表され、ドゥ・ヴィレーヌさんの存在そのものがブルゴーニュなのです。

そのような偉大なる方を夫としてもち、きっとプレッシャーも多く大変な毎日だろうと思うのですが、パメラさんといったらいつもニコニコ、太陽のように明るい。それはカリフォルニアという土地で生まれ育ったからなのでしょうか。わたしなんかついつい愚痴をこぼして、パトリックに家族のことやドメーヌのことなどで心配事にさらに輪をかけてしまう感じなのに。パメラさんのようにいつもポジティブで「きっと大丈夫よ」と「 100 パーセント信用しているわ」というような態度でいることが出来れば…と反省します。

そして彼女の気配りはみごと。年に数回、絵葉書やカードにぎっしりと近況や私たちへの優しいことば、そして日本に住む私の両親のことまで心配してくださり、ベースボールが大好きな彼女は野球人であった私の父のことを思って概況を報告してくれたり、また日本の記事があったりするとその切抜きやパリで行われた日本展のカタログを送ってくださったり。

そして慈悲深い方です。毎週日曜日、教会へいかれ、時にパトリックのご両親のためにミサを捧げてくださる。死者に対しても慈しみの心を持ち続ける。そんな清寵満ち満ちた心に少しでも近づければな、と思うのです。

 

二人目はドミニック・ロワゾー。 2002 年に自ら命を絶った3つ星シェフ、ベルナール・ロワゾーの奥様です。

かなり遅れてではありますが先々週末、毎年恒例、収穫後の「夫婦で慰安旅行」に、私のいたっての希望で我が家から車で45分ほどの近場 Saulieu にある Relai Bernard Loiseau へ子供たちも一緒に1泊しに行ったのでした。昨年、内装をモダンに換え今風になり、何かそれまでの呪縛から解き放たれたようにベテランスタッフたちの表情も新鮮さを取り戻し、いきいきとした空気に溢れています。料理はベルナールのスタイルを崩さず、つまり余分なエピスなどを加えず素材と素材が対決するようなシンプルなもの。ただ以前よりもぐっと見た感じが洗練されました。どれもこれも美味しい。そして食後に贅沢にマッサージエステ。たまらなくきもちいぃぃぃ。

行った日は偶然ですが5回目の命日に当たりました。陽気は春のようで、中庭には優しい日差しが差し込んでいました。テーブルから輝く陽の光を眺めているとぴょん、ぴょん、ぴょんとピンクの服を着たちょっとぽっちゃりした少女が跳ねるように駆けていきました。「あれ!?ブランシュじゃない?」とパトリックと話していると、次の瞬間お母さんのドミニックと一緒に私たちのところに挨拶に来てくれたのです。ブランシュは現在13歳で末っ子です。学校のないときは厨房でパティシエを夢見てお手伝いをいつもしているのだそうです。彼女が厨房にいるときの表情は驚くほどパパにそっくりで、好奇心いっぱいの目を大きく見開いて回りに愛嬌をふりまく。長女のベランジェは大学生。パリで経営学を学んでいます。お母さんのようにてきぱきとした身のこなしにウィットに富んだ会話。そして仕事で忙しいお母様に代わって兄弟のママ的な存在なのでしょう、兄弟を気にかけているかんじがしました。うちに4年前に収穫に来たバスティヤンはもう17歳。惨事がおきて以来、自宅から3時間も離れたところにある寄宿舎のある神学校に通っています。自宅に 30 羽近くの鴨や鶏を飼い、今でも週末はマルシェで卵を売っているとのこと。夢は農場を持つこと。

ドミニックの話は全くしませんでしたが、彼女がどんなにすばらしい女性か、いきいきとしたロワゾーのスタッフ、そして優しくきらきら輝く3人の子供たちの目を見ればよくわかります。お姉ちゃんが経営を担当、妹が料理を、そしてお兄ちゃんがロワゾーの名物料理鶏のコニャック蒸し用の鶏を育てる、そんな日が近い将来あかも、なんて期待をしちゃいます。