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2005年4月26日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記

2005年4月22日(金)
 PM8:00より、GJPV(Groupe des Jeunes Professionels de la Vigne)主催のコート・ド・ボーヌのワインの試飲会がドメーヌ・シュヴロで開かれ、約70名の参加者が訪れました。GJPVはブルゴーニュの公的団体で、次の世代を担う若いワインの造り手の会のことです。講習会・勉強会・試飲会・就職の援助等を主な活動としています。パブロはもちろん会員です。入会を強く勧めたのは、OG・OBであった両親のカトリーヌとフェルナンでした・・・・・。
フェルナンの両親ポールとアンリエットは、マランジュで“ドメーヌ・ポール・シュヴロ”として、主にネゴシアンに卸すためのワインを造っていました。長男のルイは体が弱く、幼少よりエクサン・プロヴァンスで療養を続け、その地で建築家の道を選びました。次男のフェルナンが19歳のとき、父の突然の死が訪れます。母親から、“明日からあなたがこの家を継ぐのですよ。”と言われたフェルナンは、拒否する余地さえなかったと告白しています。その後、フェルナンはシュヴロ家のヴァンダンジュ(収穫)でカトリーヌと劇的な出会いをし、3ヶ月で結婚を決めます。それからが、ドメーヌ・シュヴロの着実な道のりの始まりです。若い2人は早速GJPVに登録、ワインを造りながら、その合間に講習会に参加、独自のブランドを持つための勉強を続けていきました。勤労な2人がドメーヌ・シュヴロを立ち上げたのは、1973年のことです。
あの頃は大変だったけれど、とても楽しかったと語る彼ら。今でも、GJPVへの援助活動を快く引き受けています。“GJPV主催のドメーヌ・シュヴロでの第1回目の試飲会はもう20年以上も前のことなのよ!”と、前日に会場の準備をしながら、うれしそうにカトリーヌは話していました。
さて、用意されたJGPV会員提出のワインは、前日にプレセレクションがなされ、各村3本づつ選ばれました。その中には、ブルゴーニュ・オージュルドゥイ誌で高い評価のワインも見られました。皆真剣に試飲した後は、いつものディスカッション。仕事の話しから天気の話、家族の話、友人の話、悩み事の話・・・・・終わることがありません。このコミュニケーションが、試飲会のもう一つの大切な役割なのです。
人の波が引いたのは、夜中の12時過ぎ。心地よい疲れに、後片付けを明日に残して、寝床に付くことにしました。

 

 

 2005年4月24日 Le Montrachet@Puligny 管理者

ピュリニーモンラッシェにある元一つ星のル・モンラッシェに行ってきました。

春を思わせる陽気の中、久しぶりにこのレストランにてお食事です。サンサンと降り注ぐ太陽、白いお皿に盛られた色とりどりの食材。店を包み込む環境だけでなく、お皿の上にも見事に春は表現されていたのでした。

ガスパチョをよく夏に作る管理者です。ということで左上のきゅうりのスープの色合いには直ぐに違和感を覚え「ちょっと色、濃くないですか??」と田村正和のモノマネをしながら質問してみると・・・・「さすがでございます、お客様。こちらにはホウレン草も色合いの為に入っております。」だそうで・・ホウレン草嫌いの人の為にもメニューに一言書いておきなさい・・・と。

左中の「シャロレー牛のステーキ骨髄乗せ」が本日の絶品でした。焼き加減はブルー(超レア)にて注文。カマンベールチーズをナイフで切るときほどの抵抗しかなく、両面は焦げたたんぱく質が香ばしいくも切断面は血が滴るほどの赤。焼く前に肉を常温にきちっと戻してあるとみえて、この火の通し加減で中心部がこれだけ暖かいのはブラボー!と一人感激したのでありました。質のよいシャロレーのヒレ肉は脂肪分は全くないのに驚くほどに柔らかい、霜降りとはまた別のジャンルです。
ソースはシンプルな焼き汁を煮詰めただけのあっさりしたもの。ステーキの表面にかけられたフルールドセル(塩の花)はコリコリとした歯ざわりと共に上質な塩味をストレートに舌に伝え、なんとも清々しい春のお皿となっておりました。

前菜
左上:きゅうりのスープ
右上:シェーブルのサラダ
メイン
左中:シャロレー牛のステーキ、骨髄乗せ
右中:白身魚(種類は失念)のポワレ
デザート
左下:シェーブルのブランマンジェ
右下:イチゴのタルト

お昼の30ユーロのメニュー×2名分の画像

 2005年4月24日 愛する蔵へのファンレター 管理者

「何故ブルゴーニュに?」

フランス滞在8年目を迎えようやく右左が見えてきた今日この頃。たまにするガイドの最中に聞かれる言葉である。現実的な背景は就職を蹴りワインを飲みにフランスにやってきて、飲んでいるうちにワインを造りたくなり、造っているうちに日本のワイン業者と親しくなりワイン輸出入におけるお仕事を手伝わせてもらっている。といった所なのだが、フランス各地のワイン生産地区を訪問しているうちに明確な答えが見えてきつつある。

「生産家と飲み手の近さ」という観点からみて、有名ワイン産地におけるこの距離がブルゴーニュほど近い地区は他に無い。と。

フランスワイン生産地区の有名所としてはボルドー地区、ブルゴーニュ地区、シャンパーニュ地区等とあるが、所有区画が10ヘクタールに届くか届かないかという「家族経営規模の農家」の割合がもっとも多いのがここブルゴーニュである。

近さの例を挙げると
ボルドーの特集でトップに載る写真はボトルでありきらびやかなシャトーであるのに対しブルゴーニュは生産家当主のアップの写真がデカデカと載る。(ワ○ナートシャンボール特集のアミオ氏の1ページを使った写真には感動すら覚えた)
生産家に連絡する時に電話に出るのがシャンパーニュグランメゾンは漏れなく受付嬢であるのに対し、ブルゴーニュの農家は畑に出向く前に邪魔されたコンフュロン氏の不機嫌な声であったりする。
蔵訪問をするとき、当たり前のように当主が出迎えてくれるのもブルゴーニュであり、畑仕事が忙しくすっぽかされるのもブルゴーニュなのである。

畑仕事を終え、薄暗い蔵にて出荷の準備をするセラファン氏の手に付いていた土がエチケットのノリに付着し10万キロを旅してうっかり日本まで到着したとしても何の不思議もない。農家は人間臭い、親近感も沸く。

日本の消費者のワインに対する知識は世界トップレベルであることはここフランスでも認められている事実であり、アルコール飲料の一つとしてワインを選ぶ時代はとうに終わっている。消費者は個々の抱えるイメージにて明日飲むワインを選ぶわけである。偉大な歴史より、はたまた莫大な広告費が消費者に刻み込んだ生産家名より、ご立派なメゾンやシャトーといった建物より、生産家の顔が目に浮かぶときに「飲んでみよう」と強く思わせてくれるのではないだろうか。

ボルドーやシャンパーニュメゾンの社長さんのスーツに身を包んだ潔い写真も無論雑誌には登場するが、ブルゴーニュ蔵当主の日に焼けた肌、風にさらされ深く刻み込まれた皺を持つ「ひどい顔」が飲み手に与える衝撃には遠くかなわない。

ワインは人が造るもの、飲み手の気持ちを動かすのも人であってほしい。

ブルゴーニュの蔵とて当主一人で全てをまわしているのでは決してないにしろ、当主の多くも畑に出る。「飲みたい!」と思わせる顔をもっている。シャンパーニュメゾンやボルドーシャトーの従業員の中にも同じ顔を持つ人は必ずいるが、代表者として、蔵のイメージとしてその顔を使えるブルゴーニュはやはり強い。だからこそ有名になり蔵に余裕が出来たとしても自分の代わりに農作業をさせるのではなく「畑に出ることが喜び」とデュガ氏のように畑で逢える生産家には惜しみない喝采を送りたい。
ごく稀に、畑を持たないネゴシアン、はたまた畑で働くには不向きな体系ながらも、「夕暮れせまる畑をバックにて」不自然な姿をメディアに晒したりもしているが。

今盛んに脚光を浴びているシャンパーニュのレコルタン・マニピュランブームもやはり同じことが言える。メゾンではなく生産家の顔が売り物になるのだから「飲みたい」と思わせてくれる。セロス氏の情熱を知り厚く腫上がって硬くなった手と握手した時、彼のワインを求めない人はいないと思われる。

ブルゴーニュワインの未来を担う次の世代が進んで太陽の下に足を向け、父の顔を引き継いでくれるものと願いつつ、遺産相続等資金繰りの問題で個性ある小規模生産家が吸収され、ボルドーやシャンパーニュのような大手メゾン化の進むことのないよう、「生産家を愛する日本からの次の一手」を夢見ている。

ということで、ブルゴーニュを愛してやまない管理者さんです。

 2005年4月21日 News ミレジム2004 管理者

白より赤   (おソース ブルゴーニュオージョルディーのサイトより)

6月発売号に先駆けて2004年の出来に関する情報です。
AOCヴィラージュからグランクリュまでブルゴーニュ全体を通して2004年ミレジムの試飲会を行った結果、白ワイン(シャルドネイ)より赤ワイン(ピノノワール)のほうが、よりポテンシャルが有ると一部で結論付けられたそうです。

理由として、収穫量の多さ、うどん粉病の蔓延、9月の日照量不足が薄くのっぺりした白ワインの原因となり、反面優良生産家の赤ワインはしっかりとし、2003年に比べてよりブルゴーニュらしい、フレッシュな香りと繊細でバランスの取れた構成を持つワインの生産に成功していると。

「厳格な生産家のみにほほえんだ容赦ないミレジム」 (超意訳、誤訳?)だそうです。

今の所、2004年のコートドボーヌ地区白においてはそんなに悲観的でない私。(というよりこの収穫量でこの質はCoolと楽観的) でも、ピノの出来はコートドボーヌよりコートドニュイのほうが明らかに成功していると感じております。

 2005年4月21日 News メゾン・ド・オーセロワのサイト公開 管理者

メゾン・ド・オーセロワのサイトが3月30日よりオープン

シャブリ地区に程近いオーセロワ地区を詳しく扱ったサイトです。サンブリやコート・ドーセール等の情報が得られます。
www.maisonduvignoble.com

2005年4月20日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記

2005年4月16日(土)

 昨日に続き、風の強い寒い1日となりました。今晩は義父フェルナンの友人で、Chassagne-montrachet村のPaul JOUARD氏に招かれ、彼のドメーヌをシュヴロ家5人全員で訪れました。シュヴロ家全員で出かけるのは、久しぶりなこと。アンジェロが生まれてからは、誰かを家にお招きしてお食事をご一緒することはあっても、全員で招かれることは稀なことでした。今回はJOUARD家にもアンジェロと3ヶ月違いの赤ちゃんがいたので、ベビーシッターをお願いして、ママ安心の夕べとなりました。
 もともとポールは、彼の友人のクリストフが15年前に我が家でワイン造りの研修をした時に一緒に訪れたことで、父フェルナンと知り合いました。 それ以降、ポールが我が家に来ることはあっても、フェルナンがポールの家を訪れたことはなかったそう。ポールとフェルナンは親子ほど歳が違いますが、フランスでは歳の離れた友人はめずらしいことではありません。ポールにアンジェロと同じ歳の子ができて、“それでは”という運びになりました。こうした家族ぐるみのお付き合いが、我が家ではとても多いのです。ところで、このクリストフ、その後日本人女性と恋に落ち、結婚。彼女の為にワインを造る夢を捨て、今は東京でフランス語の教師をしているそうです。東京で“ワインの造れるクリストフと名乗る仏語教師”に出会ったら要注意。それは、きっと彼です!
 さて、皆でDomaine Gabriel et Paul JOUARDのVISITと試飲が始まりました。6代目のガブリエルが他界し、息子のポールが後を継いだのは2年前のこと。畑はChassagneを中心にBatard-Montrachetも含め約10ヘクタール所有。特に白は成熟したブドウを感じ美味。フランスでは”Le Guid Hachette”等で評価されているのに、まだ日本に輸出されたことがないというのは残念です。

 

 

18世紀建造のカーヴで、ひとしきり酔いしれた後は、村のレストラン“Chassagne”へ。シャサーヌは、ポールの友人で、ルクセンブルグのミシュラン2つ星レストラン”La Bergerie”で料理長を務めたStephane Leger氏が、自分の店を持つべくして開いたもの。ブルターニュ産のカキやラングスティーンが楽しめる、私たちのお気に入りのレストランの1つです。
ここで飲んだワインですが・・・・。Ch. de la MaltroyeのChassagne-M. Clos du Chateau de la Maltroye 1er cru 2001はさすが地元で厳選されたワインで****(4つ星)。次のCorton-Charlemagne 2002 Grand cruは*。ブドウの未熟さがワイン全面に出ており、Grand cluの名にふさわしべからず。あえてドメーヌ名は伏せます。次は赤に移って、造り手に中でも評判の良いD. Denis MortetのBourgogne Pinot Noir 2002 Cuvee Noble Souche。さすがDonis Mortet、しっかりとした骨格の中にもピノの持つフルーティさが詰まっていて、このクラスでも満足の****。最後は、D.Paul et Fernand PILLOTのPommard 1er cru 2002 les Rugiens。マランジュのワインと同じスタイルながらどこか違いを感じ***。このワインは、Bourgogne hourjourd’hui誌で20点中19点を獲得したワインでした。
こうして、シュヴロ家一同、お腹いっぱい幸せいっぱいになりながら、ブドウ畑の中を車を走らせ帰路に着きました。

 2005年4月18日 News ロマネコンティ プルミエクリュ2003 管理者

常にグランクリュしか生産することの無いロマネコンティー社だが2003年はプルミエクリュも生産する。 (おソース

1999年、2002年に続きなんと2003年も1er cru cuvee Duvault-Blochet が売りに出されるようです。ただでさえ収穫量の少なかった2003年、樽落ちもそう多くは望めません。ではどうやってこのプルミエクリュをひねり出したかというと・・・南から上等なグルナッシュとシラーを買ってきて・・・イングリモングリ・・・(嘘)

グランクリュ畑にて1度目の収穫の後、2度目の収穫をプルミエクリュとしてリリース。 だそうです。

2003年は記録的な猛暑の年。どの蔵も「酸」の欠落をどうカバーするかで頭を悩ませた年であり、補酸を嫌う蔵は未熟果を「わざと」通常の収穫と混ぜ酸を補ったり、 収穫前の夏の天候を見て「今年はやばいから無理にグリーンハーベストはしない。」という蔵も多くありました。なぜなら収穫する実だけを残してしまうと、残された実の完熟が加速してしまうから。

2003年のロマネコンティー観察はないのですが、ワサワサと実が付いていた記憶があります。ロマネコンティー社が最初からこの2度目の収穫を見越して多目の実を残していたのか理由は定かではありませんが、その残された実の完熟を更に待ち、2度目の収穫となったのです。
忘れてはいけないのは2003年の収穫時期は8月の終わりだということ。そこから例え1ヶ月まったとしても9月の後半は通常の収穫時期。2003年の雨季は更に遅れて10月の後半からやってきたのでした。(確かね。。)

通常は行わないこの2回目の収穫、「2003年だから許された技」でもあるのです。
今となっては「2003年はここ100年来の酷暑の年、だれも経験したことのない醸造を手探りで行った年」と、よく聞きます。しかしながら引き出しが多ければ、畑に自ら出て天を仰いでいるのならば、それなりの対応策というのはあるものなのですね。

実はBizeもこの2度目の収穫を行った数少ない蔵の1つなのです。天の声の聞こえない約2名の反対者がいましたが。。。畑隊隊長のエディー「2度目の収穫なんざ聞いたことも無い。反対だ!」 そして、私。「学校で習ってないぞ、そんな事。第一、仕事が増えるじゃないか!」 パトリックキックその後炸裂。

しかしながら、まだまだ市場へのお目見えは遠い先のことで、目下注目しているのは2002年のプルミエクリュ。日本にはまだ到着していないそれは、一体どんだけの高値を初物(平行物?)がつけるのか楽しみです。ちなみに海外ではこんな値段ででています。

 月暦三月三日(4月11日) サヴィニー便り Bize 千砂さん
月暦三月三日
自然界に身を委ねるような環境に暮らすようになり、そんな環境と自分との関わりを手探り状態で模索する中で最初に惹かれたのがアロマテラピーでした。それを深く知る間もなく、植物界だけではなく鉱物界や動物界を包括するフィトテラピー、ホメオパシーの世界に引き込まれ、そしてその流れでビオディナミというものに触れ、そこからシュタイナーの理論に出会い、そして現在、マクロビオティックにはまっています。
マクロビオテックとは、玄米穀物を中心とした食生活で健康になり自由になり幸福になるという実践的思想とお考えの方も多いかと思いますが、万物を陰陽でとらえる東洋思想が根底にあります。私自身、特にマクロビオティック食を実践しているわけではありませんが、その思想がなんとなくわたしのつぼにぴたっとはまった感じがして、マクロビオティックという言葉を創り出し、実践し、伝道した桜沢如一の著書を数冊、最近読みました。おもしろい。

ワイン世界の流れも、今月号のブルゴーニュ・オージュルデュイの特集でもあるように、BIOワインのような自然派へと向かっています。数年前まで「新樽の使用比率は何パーセントですか。」という質問をみなさん、よくされていましたが、そんなのは時代遅れ。昨年辺りから「おたくのワインはビオですか。」ときかれることが多くなりました。
ビオといえばビオかも知れないけれど、あえてビオではないといいましょう。というのは、パトリックはビオワインを造ることを目標とするのではなく、バランスのよく、味わってみてしみじみ美味しいワインを目指して造っているので、時にしてビオの規定から外れることもあるのだと思います。若い時から、社会の規制に縛られることに反発するように生きてきた彼ですから、ビオワインやビオディナミのような規制の多い世界には馴染めないし、その世界に飛び込もうともしません。
規制外の世界にいる分、自分にかかってくる責任は更に重大になります。彼の判断基準は月のカレンダーでもなく、ビオの実践教科書でもなく、ビーズ家が受け継いできた経験です。
古代の人間のように自然界の声が聞こえる人は、現代ではほとんどいません。だからカレンダーのような目安が必要であり、規定が安心の元となるのではないでしょうか。
「バカの壁」で養老孟司が言っているように世の中に絶対ということはないのです。真理は見る人の見方によって幾つも存在するように、「自然派」というワインは、必ずしもビオやビオディナミである必然性はないと思うのです。それよりも自分のスタイルがあり、それを目指して柔軟に、自由に完成させていくのも、自然派な造りだと思うのです。
テーマが大きすぎて、何を言っているのか私のような未熟者には分からなくなってきてしまいました。
お伝えしたかったのは、2004年ブルゴーニュ・シャルドネの宣伝です。来月には昨年収穫したのタンク発酵・タンク熟成のブルゴーニュ・ブラン・シャンプランをビン詰めします。従来のビーズワインのコンセプトとは違うラインでの造りなので、ラベルも変更です。もちろん従来のブルゴーニュ・シャンプランも健在です。それはまだ小樽内で乳酸発酵の終盤にあります。来月ビン詰め分はブルゴーニュ・シャルドネとして世に出るわけですが、これが、世にいう自然派な造りで、補糖、補酸、一切なく、なのでSO2の添加量も微量に抑え、ってな感じです。
造る立場からの私なりの自然派ワインについて述べましたが、飲む立場としてからは「美味しく、食欲ならぬ飲欲をそそられるワインがわたし的な自然派ワイン」です。

 2005年4月11日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記

2005年4月9日(土)
 今日は、パブロのブルゴーニュ大学生物学科時代の友人のセリーヌの30歳のバースデイ・パーティに招待されて、久しぶりにディジョンまで行ってきました。フランスでは、25歳、30歳、35歳・・・・というように、5歳ごとに、よく大きなフェット(パーティ)を催してお祝いをするそうです。セリーヌは、卒業後も大学の研究室に残り、行く末は大学教授をめざすインテリ。そのキャリアとは裏腹に、彼女はフェットが大好きな明るく元気な女性です。彼女の専門は環境学で、研究テーマは、なんと“ゴキブリ”。パブロいわく、“あの質素な大学の研究室で、5年間ずっとゴキブリのことを調べているんだから、すごいよね。僕だったら気が滅入るなー。でも、僕たちとの話題がいつもゴキブリのことでないのは助かるよ!” 私は虫を殺すのは大嫌いですが、蚊とゴキブリだけは許せません。お蔭様でマランジュには、ゴキブリはおりませんが・・・・。
 さて、たどり着いたレストランの貸し切のサロンには、もう大勢の友人達が詰め掛けていました。今回のフェットのテーマは、“キッチ(KITCH)”。キッチとは、ドイツ語のキッシュから来た言葉で、趣味の悪い“俗悪な飾り”という意味。フランスでは、60年代、70年代を代表するように、時々こういったブームが起こって、派手なファッションを楽しんでいます。私たちも、父母から懐かしい洋服を借りて、爆笑しながらの準備でした。 
全員がそろうまでアペリティフを楽しんだ後、着席にて食事をしながら質問ゲームを楽しみます。途中、セリーヌが女優顔負けの一人芝居で、自分の生い立ちと一緒に参加者全員を紹介していきました。おもしろかったのは、その紹介で、パートナーがいるか、独身か、持家はあるかのコメントを加えていたこと。やはりフェットは出会いの場なのですね。
 そして、最後はお決まりのダンス。ここからは終わりがありません。パブロは、今日はダンスをパス。私は誘われて、少しだけ踊りました。そして、ベビー・シッターをしてくれている大叔母のところに息子を迎えに行くために、ソフィーにお祝いの言葉を残して、後ろ髪を引かれる思いでディジョンを発ちました。

 

 

 2005年4月11日 News ミシュラン2005 あれこれ 管理者

ソペクサ様よりの情報、フラッシュがとってもお茶目なLe Meurice 日本語もあり必見です。

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ミシュラン2005 新しく3つ星、2つ星となったレストラン
Nouvelle Etoiles de Bonnes Tables 2005-Le Guide Michelin 2005-
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星の評価でおなじみの、赤い表紙のミシュラン ホテル・レストランガイドの2005年版が発刊された。新たに3つ星、2つ星に昇格したレストランは以下のとおり。

a)新しく3つ星となったレストラン
 Le Clos de Cimes (Saint-Bonnet-le-Froid)

b)新しく2つ星となったレストラン
La Reserve de Beaulieu (Baulieu-sur-Mer)
La Villa de Lys (Cannes)
Le Bistrot d'Eygalieres <<Chez Bru>> (Eygalieres)
Au Cygne (Gundershoffen)
Alain Llorca le Moulin de Mougins (Mougins)
Le Manoir de la Boulaie (Haute-Goulaine pres de Nantes)
La Fourchette des Ducs (Obernai)
Les Ambassadeurs(Paris 8区)
Apicius (Paris 8区)
Astrance (Paris 16区)
L'Assiette Champenoise (Reims)

また今年初の試みとして、各カテゴリーで特に優秀で昇格の見込みがあるもの
を「レ・ゼスポワール(Les espoirs)」として掲載した。2つ星の中では、以下
の5つのレストランがリストアップされた。
Maison de Bricourt (Cancale)
L'Oasis (Napoule)
Le Meurice (Paris, 1区)
Le Pre Catelan (Paris,16区)
Chateau Cordeillan Bages (Pauillac)

このほか、1つ星の中では10件、現在星がない中では、日本料理の衣川(きぬが
わ、パリ8区)を含む18件が"Les espoirs"としてリストアップされた。

一方、これまで3つ星であった以下の2件が、星を1つ失い、2つ星となった。
Lameloise (Chagny)
Le Jardin des Sens (Montpellier)
(Thuries Gastronomie magazine 4月号)

引用元
「フランス食品振興会発行メールマガジンhttp://www.franceshoku.com/

 2005年4月7日  Domaine Chevrot かおりさん マランジュ日記 4月分スタート並びに写真追加

2005年4月4日(月)

 ブルゴーニュは、すっかり春めいてきました。冬の剪定も終わり、今はブドウ畑の抗や針金の修理、馬による土の耕作が始まりました。

次の年の実りの準備として大切な、厳寒な環境でのブドウの木の枝を剪定していく作業は、昨年末から3月いっぱいまで続きました。そして、一息つく暇もない畑の手入れ・・・・・。夫のパブロいわく、“畑仕事に終わりはないんだよ!”東京育ちの私にとっては、ブドウを育てることがこんなに大変だとは思ってもいませんでした!!
この季節は、一家全員で畑に出ます。太陽をいっぱいに浴びて植物と触れ合っていると、何とも気持ちがいいものです。私は、息子アンジェロの世話でなかなか参加できないのが残念ですが・・・・・。

さて、蔵では、2004年のアリゴテ種のワインがうまい具合に仕上がってきました。MLF発酵が終わるのを待って(今年は少し遅め)、引き続きの頻繁なテースティングの後、タイミングを計っての瓶詰めは今月末を予定しています。2004年は、7,8月に雨が続いたものの、9月は晴れの天候が続き、アルコール度、酸度とも申し分無く、十分に上がりました。パブロは、2002年の出来以上のものが期待できると自身満々です。

日本の皆様のもとにブルゴーニュ産2004年のアリゴテワインが届くのは、初夏のころでしょうか?

今年の夏は、ビールもいいけれど、フランス風にきりっと冷やしたアリゴテをアペリティフにいただくのも乙なものです。是非お試しあれ!

 

 

 2005年4月6日 News Joel Robuchon 東京に ! 管理者

現代フレンチトップシェフの一人ロブション氏のガラディナーがゴールデンウイークに「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」(六本木)と「ジョエル・ロブション」(恵比寿)にて開催されるそうです。

氏は1981年36歳で独立。パリ16区のロンシャン通りに 『ジャマン』を開店。開店の翌年3月にはミシュラン一ツ星、その翌年には二ツ星。
1984年 39歳でミシュランの三ツ星を史上最短記録で獲得。
その後店を移転し、1996年に『ジョエルロ・ビュッション』閉店した生きながら既に伝説を持つ雄であります。詳しくはロブションサイトにて

しかし、彼にはもう一つの顔が。フランスのお昼の料理番組「Bonappetit Bien Sur」にてお料理を紹介しているのです、奥様のアイドル。日本に置き換えると、まさに「金子信夫の楽しい夕食」。番組では楽しげにゲスト料理人と語らうロブション氏。庶民に身近な存在であったりもします。できましたら、最後のテーブル挨拶でボーヌの和食店を番組で取り上げるよう何方かプッシュをお願いいたします。

詳しい内容や予約等の情報はソースへ 読売オンラインワインニュース

 2005年4月3日 お祭り参加報告 ブーズロン 管理者

4月3日日曜日、ブーズロンの街にて第二回「AOCブーズロン」と「ジャンボン・ペルシエ」のお祭りが行われました。

お天気にも恵まれ20度を超える陽気の中、ブーズロンを飲み飲み、ジャンボンペルシエを食べ食べ、春の香り漂う街を練り歩いてきました。AOCブーズロンの生産家はドゥビレーヌさんとジャクソンさんぐらいしか知らない不勉強な管理者ですが、ドゥビレーヌ氏(又はそっくりさん)を発見し「こんなお祭りにもしっかり参加する庶民派なのね・・」と親近感を覚えつつ遠目から眺めてました。

去年2002ミレジムはジャクソン圧勝だったのですが、今年2003年ミレジムは双方買い。ドゥビレーヌ氏のブーズロンの方がすこし美味しかったな♪

 2005年4月3日 NEWS ブルゴーニュオージョルディーNo63発売 管理者

ブルゴーニュの為のブルゴーニュの雑誌。くどいようですがブルゴーニュ最高の情報誌の63号が発売されました。

なんと今回の特集は有機ワイン。そうVINS BIOです。ブルゴーニュの有名生産家もBIOという名を前面に出してコマーシャルしている現在、今の風潮に合ったワインとして定着するのか、はたまたブームとして5年後には聞かなくなるのか。地方雑誌もBIOを無視できないでようです。
有機農法をしつつもBIOという言葉をあえて使わない生産家が多く存在するのもまた事実で、有機葡萄より作られたワインに「ABマーク」を堂々と張ることの許可された今、「BIO」に対するもう一つ深く掘り下げた理解が消費者に求められているのではないか・・・と思ったりしている管理者です。
ビオワイン比較テイスティングではトラペのシャンベルタン2003年がトップ賞。アペラシオンで区切らず赤と白を一緒に順位付けするのにも無理あるだろ・・と思いつつ、モンショベのオートコートがグランクリュを負かせてトップ賞に輝けば更に面白かったのに・・・とも。がんばれスクリューキャップぅ

 2005年4月1日 寿司海@Beaune 管理者

びそうに続きボーヌの日本食レストラン「寿司海」が3月25日にオープンしました。

カウンターにて寿司を握るのは赤荻シェフ。某蔵にて定期的に開かれるグルメなお食事会にて洋、和食を問わず舌の肥えた蔵当主達に「ブラボー!」と常に絶賛される腕前。
日本食にて初めて星を取るのはパリが先か、ボーヌの2店が先か・・・と、一人ワクワクしています。

日本食をこよなく愛する管理者さんにとって一人でも入店しやすいカウンターのある日本料理屋はとっても魅力的な存在。注文も日本語だし。
既に3度(夕飯×1、お酒&おつまみ×2)お邪魔して、毎度舌鼓をパチパチと・・・「開店したらハマりそう・・」と笑っていたのに既にこの有様。

5月には「アスパラソバージュの握り」よろしくお願いしますよ、ムッシューゥ♪7月にはセップの握りもね。

左上:お刺身盛合わせ
右上:お寿司盛合わせ
左下:シャロレー牛のタタキ
右下:白カジキと大根の煮合わせ

 2005年4月1日 レキュソン@Beaune 管理者

ボーヌの名店のうちの一つであるこのL'ecusson。

今をときめくフレンチレストラン、ル・ブルギニオンの菊池シェフが修行をしたお店でもあります。
「菊池シェフの修行したお店に連れて行け!」とのリクエストにより、
ちゃっかり美女とテーブルについてきました。何気に管理者と縁のあるレストランで10回ほど食事したりしてます。明るく清潔な店内はいついっても気持ちの良いものです。

さて、菊池シェフとこの店の名物であるカタツムリと骨髄のお皿を見事に取り忘れ、デザートのお写真です。

フランスにて修行する料理人さんがその店の名物料理をどう日本風にアレンジするのかが最大の腕の見せ所であり、難しい所だ(特にフランス独特のキツイ塩加減の修正)と辻大先生も書かれていましたが、今度帰国した際には是非とも菊池シェフ風のそれも試してみたいものです。

 2005年4月1日 ポール・ボキューズ@Lyon 管理者

「一度は行っておけ。」
と各方面よりお言葉を頂いていたのですが、渡仏8年目にして先日ようやく念願叶いテーブルにつくことができました。

遠めからでもはっきりと「ここだ」と思わせてくれるド派手なソーヌ川沿いのお屋敷。
ボキューズ が窓から出迎えてくれる壁画がまず目に留まり、続いて、ポワン、デュメーヌ等、フランス料理界のスターの壁画もずらり。とってもセレブな大人のディズニーランドといった所でしょうか。
さてさて、そろそろ入店となったのですが、そこに待ち受けていたのは

我らがスター、ポールボキューズご本人! しかもご健在。

「では写真を」と、段取り上手なポールはボーイに写真を撮らせ、我々を席に。「いや・・ちょっと待ってくれポール!生前にお逢いすることの叶わなかった我が師、辻静雄の話を少し聞かせてくれ!美味礼賛を・・100回読んだんだ〜ぁぁ!!」と駄々こねる暇もありませんでした。
料理のほうは勿論、名物の「スズキのパイ包み」を注文し、しっかりとテーブルを取り囲む10種類以上のデザートに包まれてきました。

しかしレストランは楽しい。予備知識があればなおさら。フランスの三ツ星行く前に読んでおいて損なしな美味礼賛です。

メールはこちら bourgogne-seikatsu@wanadoo.fr