メールはこちら bourgogne-seikatsu@wanadoo.fr
 2004年12月28日 beaune 管理者

ボーヌ雪化粧

この冬最大の積雪となったボーヌ市、クリスマスも終わり街中は閑散としているものと思ったのですが、雪合戦している子供達もいたりで、なかなかの賑わいを見せていました。

さて、2005年よりリニューアルしますこのブルゴーニュ生活、今までお世話になった千砂さんの日記は影を潜めます、ありがとう千砂さん。そして今まで閲覧していただいた皆様、ありがとうございます。
2005年よりボーヌの情報発信サイトとしてまったりと運営していきたいと思います。「目指せボーヌインフォメーションツーリズム公認日本語サイト♪」です

あと少しの2004年とこれから迎えます2005年の皆様のご多幸を願いつつ。 管理者

 2004年12月22日 きのこ 管理者

ヒラタケ今年は不作@Beauneの森

ボーヌのきのこシーズンを締めくくるクリタケ、ヒラタケ、クロサカズキシメジのうち、去年笑っちゃうほど良くとれたヒラタケが今年は不発。どれくらい去年が良く取れたかというと・・「2時間でワイン6本箱に6箱分山盛り。」もちろんそんなに食べられるわけも無く、レストランに売りにいけたりもしたのに今年はベレー帽逆さにして山盛り程度しかとれませんでした。

2005年はきのこもブドウも良年となってほしいものです。

 2004年12月22日 NEWS 管理者

ボーヌはこの冬初の積雪

雪はちらほら降っていたのでしょうが、この冬初の積雪となった22日の夜、うっすらと雪化粧をしたオスピスをバックにオテルデュー前のクリスマスツリーをパシャリ。
左はツリーが出没した当初の写真で「見事なツリーを飾るのねえスグノーさん。(ボーヌ市長)」と思いながら収めた写真だったのですが、かのブルゴーニュ公国宰省ニコラロランによって建設されたボーヌの母の前では無邪気にクリスマスを待つ子供のよう。輝くビロードの服を纏っているようでもあるかな?

 2004年12月21日 日記 Bize 千砂
ギヨームが、ちょっと調子の出ない2004年の白を早めに澱引きしたりする以外、「年内の業務は全て終了しました」状態のドメーヌに1本の電話がありました。
「おたくの2004年のブルゴーニュ・ルージュは非常にアルコール度が高く、他と比べても異常なので、格下げするように」
というINAOからのご通達。
「なんじゃこりゃ」
と、怒りまくるパトリック。もちろんわたしも怒っています。それ以上に驚き、情けなく、フランスのアペラシオン制度の限界をここに感じました。
2週間ほど前にアグレモンという、全生産者の全アペラシオンをINAOに提出し、「このワインは味、分析共に規定の範囲内なのでアペラシオンを表示して販売してよろしい」との公認販売許可を得るための試飲会がありました。
その結果がこれだ。
確かに2004年のブルゴーニュ・ルージュ、アルコール度数は収穫時で13.6度ありましたよ。でも、普通なら喜ぶでしょう。これだけブドウが熟したってことなんだから。この高いアルコール度数を獲得できたのも、収穫解禁日と同時に収穫をした生産者と比べれば、2週間も遅い10月5日に収穫したわけよ。つまりリスクを取ったわけ。酸のレベルも申し分ないからここまで遅らせることができたのです。
おかげで早めに補糖用に買い込んでいた砂糖をほとんど使うことなく、最終的には生協に砂糖の返品しました。もちろん、ちょっと補糖しました。でもこれはアルコール度数を上げるためにではなく、第一次発酵を少しでも長くする為の、おじいちゃんの代から受け継がれた造り方なのよ。
出来が良すぎるならば、INAOさん、言い方というのもがあるでしょう。これは社会人の礼儀というものですよ。例えば、「おたくのワインは他と比べて美味しすぎるので、アペラシオン規定内では収まらず、規定のアペラシオン表示は出来ません。」とかさ。
それならば、イタリアワインみたいにスーパーヴィノディターボラにすればいいわけ?それではあまりにもお粗末でしょ。
と、アペラシオン制度の現状はこんなものです。各アペラシオンにつき、2割程度しか評価の出来るワインはない、といわれていますが、最上の努力をしていい作品ができたのに、「他と違うから」と規定からはずされてしまう現状。
これは教育でも同じことが言えます。ちょっと出来がわるい、ちょっと出来すぎるというだけで、教育課程からはずされ、特殊学級、特殊学校にまわされる現実。仲間からはずされる子供の気持ちを考えてみてください。もういちど学校が存在する意味を考える必要があるのではないでしょうか。
アペラシオン制度が登場した30年代は、もっと純粋にブルゴーニュワインを守る為の制度だったはず。戦中、戦後、出来の悪いブルゴーニュワインに南のワインを混ぜて色をつけたり味を濃くしたりして、それをブルゴーニュワインとして売り利益を稼いだネゴシアンが横行して、それを取り締まるために登場した制度なのでは?それが今では全く逆に、出来の悪いブルゴーニュワインを守るための制度に成り果てようとしている。学校同様、存在意義を見直す必要あり。
「ブルゴーニュ生活」は私的なHPとしてプレ・オープンを含めると今年の1月1日にスタートしたのですが、全く最近は文句ばかりいうおばさんの日記風になってきてしまい、反省しています。
これから年末にかけ、家族行事が増え、忙しくなる為、2004年の日記は今日で終了です。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
来年からは「ブルゴーニュ生活」を運営する上で大活躍してくれた管理人さんに主導権をバトンタッチし、もっと広く、ブルゴーニュに住む日本人による、ブルゴーニュ好きの日本人のためのサイトという形にしていこうと思っております。
2005年もみなさまにとって良い年となりますよう、ここブルゴーニュからお祈り申し上げます。

ビーズ千砂

 2004年12月19日 日記 Bize 千砂

昨日、ジャン・フランソワ・コシュつまり現コシュ・デュリの当主の息子がうちにテイスティングに来ました。しかも自分では恐れ多くてアポイントを取れないから、ワイン関係の機材を扱う業者の営業マンと来たのでした。
天下のコシュ・デュリの息子が何をおっしゃる、という感じですが、その彼の(年)(経験)上のものを恐れ、敬い、学びたいという姿勢、そう最近の若者に消えてしまったものを彼の中に見て、今後のコシュ・デュリの安定した繁栄を見た気がしました。
「30年前の自分を見ているようだったよ。」と、パトリック。ヴィニュロンとして駆け出しの頃の彼は、「ブルゴーニュの父」と呼ばれるような現在も第一戦で活躍する人物や、一戦からは退いたものの相変わらず存在感を示しているご隠居、もう逝去してしまった偉人、などから「ブルゴーニュの精神」を学んだと。
私、思うのです。パトリックはブルゴーニュを精神論で語れる最後のヴィニュロンなのではないのかと。彼の自慢は「運転免許書以外のディプロムを何も持っていない」ということ。栽培学のことも、醸造学のことも何も学んだことがない。100パーセントの実地主義。彼の師は学者ではなく、先達であり、農夫であり、魂でワイン造りを学んだ最後の世代を飾るのがパトリックなのではないかと。
私が97年、興味津々でこの地にやってきたときのこと。いろんな質問に対し、パトリックの答えは「親父がそうしていたから」とか「土を見れば分かる」とかであり、教科書にはこうかいてある、といっても「それは学者の書くこと」と、説明を受けたことを思い出します。おかげで、私のディプロム試験は不合格という結果に終わりました。
毎年、必ずうちにテイスティングしにくる顔ぶれにエチエンヌ・ド・モンティーユ、ギヨーム・ド・ダンジェルヴィル、ジョン・シャルル・ド・ラ・モリニエール(ボノー・ドユ・マルトレ)がいます。彼らの共通点はドメーヌの跡継ぎ、すぐに継がず30代は銀行家であり建築家であり、生粋のヴィニュロンではないということ。パトリックは決して高度な技術をもった生産者ではありません。それでもうちに来るのは、お父さんが語っていた魂を語ることのできる、数少ないヴィニュロンだからではないでしょうか。
こんな皆さんにはどうでもいいことを書きたくなったのは、昨晩、話題の映画「MONDOVINO」を観たからです。私がワインを勉強していたときの教科書であった「プロのためのワインテースティング入門」の著者、敬愛するマイケル・ブロードベンドも危惧していましたが、あまりにも市場主義になってしまい、市場に受けるワイン造り、つまり個性の喪失ワインが益々増えています。品質を向上させることは大賛成ですが、評価が上がるからと言ってひとりのエノロジストのアドバイスにべったり従うのはどういうものかと…
ブルゴーニュにもそんな風潮がありますし、ありました。一時、市場にこびるワインを造ったドメーヌでも元の姿に戻りつつあるところが増えてきています。ワイン世界のラスト・リゾートともいえるブルゴーニュ。魂でワインを語ることの出来る世代が残っているうちに、大いに耳を傾けようではありませんか。
傾けすぎても危険だけどね。

 2004年12月17日 日記 Bize 千砂
ここ数日、本当に寒かった。夜明け前の気温が−8℃、日中でも−2℃。しかも一日中霧が深くたちこめ、骨身にしみる寒さとは正にこの時期のブルゴーニュ名物のなのです。霧のかかった翌朝の風景はとても美しい。すっかり葉を落とした木に粉砂糖を降りかけた様で、そこに日が当たるとキラキラして、おとぎの国に舞い降りたような気分になります。
こんな日は、家の中にこもり、暖炉の前で蜂蜜牛乳生姜風味で体を温めながら手作業にいそしみます。
まずはリースの作成。庭に生えるローリエの枝を数本適当にカットし、それをリース状にしてリボンで止めるというごく簡単なものですが、義母からも注文が入ったりという人気商品。このまま乾燥させ、料理にも使えるという優れものです。
それから繕い物。息子のジーンズは膝小僧の部分が裂ける寸前。わたしのも、やはり太ももが太いせいでよく擦れるのでしょうか、かなり薄くなっている感じ。なのでポケットでカバーすることにしました。貧乏チックといえばそれまでですが、それなりにアクセントになって結構いい感じに仕上がったと、自分では満足しているのです。
ドメーヌは今日から3週間の冬休みに入りました。この期間は週に一回の頻度でウイジュとバトナージュの作業を蔵でする程度。
外気を微妙に感じ取る蔵内の気温も若干低下し、バクテリア君たちは休息に入ります。つまりマロラクティック発酵が始まっているものもこれからのものも、冬の間はブロックされます。長い時間をかけてマロを行うと、ワインに深みが増すのです。
 2004年12月12日 NEWS 管理者

サビニー村イルミネーション

人口1000人ちょっとの村でもこれだけ熱心にデコレーションされるフランスのクリスマス。
マルサネイ からマランジュまでコートドールのワイン生産村イルミネーションを全部チェックしつつなドライブも素敵かも。

 2004年12月11日 NEWS 管理者

Beauneイルミネーションその3

ボーヌ朝市のメイン広場にてパシャリ。
緑や白のモミの木に下から照明が当てたれて輝いています。オフィスドトゥーリズムにてサンバンサンのデギュスタシオンパックを購入する時に撮影したのです。

てっきりデギュスタシオンパックは既に購入できると思っていたのですが、住所氏名カード番号を記入する用紙があり、銀行引き落とし(又は小切手)にて予約するスタイルだそうです。後日銀行から引き落とされ住所にパックが送られてくるとの事。きっとグラスは当日チケットと交換なんでしょう。突然グラスまで送られてきては困るでしょうし・・・
ネットでも予約できます。日本から参加の方は滞在先ホテルと相談の後、ホテルにパックを郵送してもらうのがスマートかしら。

 2004年12月10日 NEWS 管理者

Beauneイルミネーションその2

アルザス通りのイルミネーションをハッピーアワー IN ブーデュモンドの行きがけにパシャリ。
この通りにもビールバーと思しきお店が一軒あり、一度行ってみたいと思いつつ・・向かいのオートワゼピ(管理者的ボーヌで一番美味いパン屋)で晩御飯用のパンを買っております。

去年まではイルミネーションだけで歩道と車道を分けるポールにこのようなデコレーションも無かったような気がします。
歩道の赤い絨毯も今年初なような。

一年前の記憶なのに何故かあやふや・・・困った困った。

 2004年12月9日 日記 Bize 千砂
すっかりご無沙汰してしまいました。
この間いろいろあって、他人のことでどうしてわたしがいろいろ悩んでかんがえなきゃいけないのかなあ、バカみたい、と思いながら、頭の中がパンパンになっていたのでした。
それが少し整理できたので、わたしなりにここにまとめさせていただきます。事情を全く知らない皆様にこんなこといっても仕方がないのですが。
・ 幸せに溺れるな。理性が働かなくなる。
・ 人の道をはずすな。
・ 自分達が泣く時、周りの人も泣いている。
・ 優柔不断は悪
・ 『無』。燃え尽きると何も残らない。でもそこから新し物が生まれる。がんばれ。
と、最後は当事者にメッセージのつもりで書かせていただきました。
さて、今月のa tableの会。ボーヌ市内のネゴシアンmaison Champyにて行われました。持ち寄りワインのテーマは「2004年はどんな年?」というもので、過去のヴィンテージで2004年が似たものになるであろう自分のワインをもってくるというものでした。その結果報告です。
・ 2000年2名(グリヴォー、ルーミエ)こじんまりとまとまったヴィンテージ。収穫、仕込み、醸造段階でみんなをハラハラさせた年。結果的にいいワインに仕上がった。フェノールの熟成度が似ている。糖度、酸度の点から2004年のほうが上。
・ 1996年1名(ビーズ)酸が優れている点が似ている。1996年は北風が2ヶ月間吹き続けた年。2004年は総酸の数値は高いが、乳酸発酵後落ち着いたものになるだろう(どうしてなのか、勉強不足のわたしには話についていけなかった。)楽しみである。2004年は白優勢の年。ということで、96年の白を持ってきたつもりが赤だった。パトリックらしい。
・ 1993年2名(ミュニエ、デュジャック)雹や雨に見舞われた年で、ブドウ栽培時の環境が似ている。収量抑制、選果の必要な年であった。(ミュニエのフュエが素晴らしかった)
・ 1991年1名(ラルロ)雹、天候不順と2004年に似た環境だった。収穫、仕込み、醸造の段階で頭を悩ました年であった。評論家には最悪の年とたたかれた。でも現在素晴らしい。
・ 1987年1名(ドルーアン)腐敗菌に見舞われた年。凝縮感に欠けるがまずまずの年。
・ 1980年1名(セナ−ル)腐敗菌に見舞われた年。
パトリック以外は、自然環境が厳しかった年や、ワインを造る段階で悩まさせられた年を引き合いに出していました。パトリックはワインを造るにあたり、酸に注目していることがここからも伺われます。白の生産者、ルーローやラフォン、ルフレーヴが欠席だったのが残念です。彼らのご意見も聞いてみたかった。
 2004年12月8日 NEWS 管理者

2005年1月29日 サンバンサン祭りがボーヌ市ににて行われます。

人でごった返す毎年恒例の収穫祭ですが、例年との違いは「デギュスタシオンパック」なるものを2万枚作るというもので先行発売もするようです。もしかしてその2万枚が売り切れたら当日売りも無くなってしまうのでしょうか??そんなことになったら暴動が起きかねません。怖い怖い。もちろん私も参加するこのお祭り、その時期に合わせてやってくる友人の分までしっかりと抑えておかなければ・・・ボーヌ観光案内所またはサイトにてデギュスタシオンパックを購入できます。
デギュスタシオンパックは一つ15ユーロ、クリスタルグラス(MIKASA)と5種類のテイスティングチケットからなります。

 2004年12月7日 NEWS 管理者

サンビバン修道院
今度、案内をすることになり、下調べ&場所確認に行ってきました。
0度に近い気温は霧を発生させ、まわりは神秘的な雰囲気。車から降りて霧が奥を隠す林道歩くこと約500メートル、道を曲がった直後林が切れ視界が広くなる。開けた草原の奥には遺跡が霧に隠れながらもその圧倒的な存在感を見せている。

ラピュタだ・・・」
なんとなく宮崎アニメを思い出し任務を果たしたのでした。

Assosciation de l'abbaye de Saint vivant オフィシャルサイトはこちら

 2004年12月7日 NEWS 管理者

ボーヌのクリスマスイルミネーションに灯が。

Dijon方面からの帰りに発見したんですが、ボーヌにもいよいよクリスマスイルミネーションが輝き始めました。街中はもっと派手にピカピカしているので今度そちらの写真もアップしたいと思います。

車の窓からデジカメ落とさないようにパシャリ

 2004年12月6日 NEWS 管理者

ブルゴーニュオージョルディー 61号発売

ブルゴーニュを知るならこれ、ブルゴーニュ最高の雑誌ブルゴーニュオージョルディー61号が発売されました。今回の試飲はモレサンデュニ、ムルソー、サントネイだったんですが、グランクリュひしめくモレサンデュニ2001年、2002年ビラージュからグランクリュまでの50人越すテイスターによるお馴染みの完全ブラインドテイスティングにて一位だったのが、クロドラブーシエールプルミエクリュ2001年ドメーヌジョルジュルーミエ、20点満点中18,25点。さすがです。
グランクリュから順序良く点数が下がりプルミエクリュ、やがてビラージュに落ち着くといった何処にでもあるテイスティングレポートではなく、2001年プルミエクリュが2002年グランクリュをも超え、そのまま記事となる。一地元雑誌の威厳と自身を見た気がします。